海になった日


たいてい春と秋、大きなライブが決まると私のカレンダーは本番日で終わってしまって、
とにかくそこまで生きている、ということが目標になる。
なので、あれから2週間近く経って、まじで!?と驚きつつ、ああまだ生きてる、という感じです。

4月22日、代官山UNIT。リハーサル。


開場準備完了。


開演。


UNITの楽屋は地下3階。地下2階のステージ階へ向かうエレベーターにて、本番直前。
自慢のバンドと。


ステージ袖にて。あまりに緊張してるのでクールに見えるわたくし。


25周年のO-WESTは4時間半というバッケンレコードだったわけで、
今回はゲストも無しのシンプルなライブなのでまあ3時間コース、と思ってたらやっぱ4時間かかったわけで。
立ち見でがんばってくれた皆さん、ほんとうにありがとう。
椅子ありの皆さんも、だいぶお尻痛くなったとか。おつかれさまでした。
30年にいっぺん、ということで、何卒お許しを。


5年ぶりのフルバンド。
初日のリハで久しぶりに音出したら、一気に何もかも腑に落ちる感じで、ああもう明日本番でいいじゃん、とか思ってワクワクしてたんだけど、本番はやはりジョーカー篠原、歌詞もピアノもあちこちすっ飛びまくりで反省会案件山盛り。
30年もやってきたのに、道半ば感満載に頭を抱えつつ、ああ、こうやっていつもへたっぴだったから、次こそ次こそって続けてきたんだな、と変に納得しちゃったりもして。
でも、死ぬほど楽しかった。ホント、終わったら死んじゃってもいいって思うくらいに。


デビューして初めてのツアー「満月の海」以来のお付き合い。
本番中ほとんど顔見ないんだけど、とても近くにいるようで、
呼吸が重なってること、なんのためらいもなく信じられて。
私の背中の気配を読ませたら世界一です。ドラム田中一光。


昔おっかないプロデューサーがいた頃、絶対暗譜しろ本番は譜面見るな命令が出てて、
しげおちゃんの足元にはいつも工夫を凝らしまくったアンチョコペーパーがこっそり仕込まれていたんだけど、時を経てタブレット譜面をスマートに使いこなす男になってました。
吉田穰、という立派な名前があるのに、なぜか、しげお、と呼ばれてるしげおちゃん。
いつのまにか、いいギターリストになってました。


フリーランスになって最初に関わったピアニストは、「珍獣」と呼ばれていた杉山卓夫さん。
その次にやってきたのが河内くんで、「変態」と呼ばれるくらいの弾きっぷり。
バトルのような歌とピアノのセッション、幾つもやったなあ。
本番前夜に突然思いついて無茶振りした「春色」。08年のオリジナルよりうんと深い色でした。


ウチのバンマスは、こう見えてとても繊細です。
ごりごりのやつから、私のようなフォークシンガーのやつまでやれちゃうし、音楽に対して嘘のない職人肌の人なので、あちこちで頼られてる様子。
時々やるトリオ編成では、音階楽器なのに「ソロ」というものがいっこも弾けないピアニストに代わって、ビートと旋律両方で奮闘していただき。
「逆光」から「向日葵」まで、幾つもの大事な歌のアレンジャー。
確かな技術と存在感、そして何より姿の良さ。
いつも苦労かけてすまん。でも篠ちゃんがいなかったらできなかったこと、いっぱいあったよ。


見にきてくれた友だちが異口同音に言ってた。
「いやーみんな歌ってたね!」
ステージからもよく見えたし、聴こえた。ちょっと動揺するくらいうれしかった。

20年春にここでこのメンバーでやるはずだった「アイムノーバディ」が飛んでからちょうど3年。
その間に私がお客さんを入れてやったライブは、呼んでいただいた神戸を除けばたった4本。
ライブはお互いを解き放つためのもの。表情を、感情を、声を、存在をぶつけ合うもの。
それを抑圧する力に対して疑問や抵抗の気配すらない中で流されていくのがイヤで、
私にできることは、せめてそういうものになるべく「加担しない」ということでした。
何の力もない。でもいいなりになるのはイヤ。いままで歌ってきたことは何だったんだ、と思うのもイヤ。だったらやらない、と決めた。イヤイヤばっかだ。
おかげでウチの映像班は配信の腕が上がっちゃったけどな。ハハハ。


東京オリンピックを前に、やれない、ではなく、どうやったらできるか考えようと呼びかけた体操の内村航平選手。
無観客が決まってなお、スタンドにお客さんを、と訴えたサッカーの吉田麻也選手。
サンドバッグになったあの時の彼らの姿を、あの孤立無援の姿を、いま痛切に思い出す。
結局答え合わせはされないまま、まあ、思ったより雨は降らなかったってことで、まあいいじゃん、もういいじゃん、と世の中は軽やかにやり過ごしていくんだろうけど、忘れない、ずっと忘れないでいたい、と思う。


この3年を思うと、どうしてもネガティブを避けて通れないことになってしまうけれど、ずいぶんたくさんの顔が見えたし、思いがけないくらいの歌声も聴くことができて、幸せな夜でした。
去年でも一昨年でもない、ようやく世の中が動き始めたこのタイミングで30周年という節目を迎えたことを感慨深く受け止めつつ。
UNIT公演無期延期、から始まった私のコロナ禍は、3年を経てUNITにたどり着いたことで終わりを告げた、と思っています。
メンバーに、UNITスタッフに、映像班に、完売Tシャツの素晴らしい絵を描いてくださった茂本ヒデキチさんに、iPhoneのFaceIDが「お前は誰だ」って言うくらいきれいにしてくれたヘアメイクの中井さんに、いつも黙ってやってきて忍者のようにあちこち飛び回って記憶を記録してくれるカメラマンの井上くんに、舞台裏を強力に支えてくれた元マネージャーチームに、何人かの「ほんとうの」友だちに、そして会場に足を運んでくれた皆さんに、配信で見届けてくれた皆さんに、一筋縄ではいかないこの感謝が伝わりますように。
ちいさいけど、刻んできた言葉を集めたブックレットも作れてうれしかった。
達成感に満ち、あたたかい祝福に癒されながら、同時に音楽家としてかつて味わったことのない敗北感も胸に抱いての2023年春でした。
でも、この敗北感と向き合うことが、ここからの希望かもしれない、と思っています。


あの晩、私たちはたしかに海になった。
そして、海だと思った瞬間、やっぱりそこはもう海ではなくなった。
思い出すと淋しくて涙出る。でも、淋しさから始まるものを信じています。
ありがとうございました。またお会いしましょう!

30th Anniversary Live「海になりたい」
2023.4.22(土)代官山UNIT

01.遥かなる ’17「Lighthouse keeper」
02.秒針のビート ’04「種と果実」
03.灰色の世代 ’94「いとおしいグレイ」
04.Stand and Fight ’06「レイディアント」
05.M78 ’11「花の名前」
06.前髪 ’97「Vivien」
07.月と坂道 ’04「種と果実」
08.Dear ’95「河よりも長くゆるやかに」
09.アスピリン ’05「us」

10.春色 /w 河内肇 ’08「桜花繚乱」

11.my old lover(弾き語り) ’08「your song」
12.流星の日(弾き語り) ’02「bird’s-eye view」

13.淡々と 未発表
14.誰の様でもなく ’93シングルバージョン
15.河を渡る背中 ’94「いとおしいグレイ」
16.前夜〜Heavy Night〜 ’93「満たされた月」
17.Fear ’11「花の名前」
18.422 ’04「種と果実」
19.満月 ’93「満たされた月」
20.逆光 ’06「レイディアント」
21.ひとり ’93「海になりたい青」

E.C
01.心のゆくえ ’93「海になりたい青」
02.向日葵 ’17「Lighthouse keeper」
03.感傷 ’17「STAY FOOLISH」
04.Journey ’05「us」

Dr 田中一光
B 篠田達也
Key 河内肇
G 吉田穰

写真 井上新一郎