前夜〜ラグビーワールドカップ2019〜


 予選ラウンド終了。ああ、4年前はここで終わりだったんだ、と気づいた。前回イングランド大会、日本代表は、最終戦第4戦の結果を待たずに予選敗退が決まっていた。4戦目に勝って3勝1敗にして南アフリカとスコットランドに並んでも、ポイントが届かないとわかっていたからだ。くるしいメンタルの中、日本代表はきっちりアメリカを退け、堂々の3勝を挙げた上で大会を後にした。悔しかったけど、残念だったけど、それでも長いことひっそりラグビーを見てきた身としては、十分お釣りの来る三週間だった。

 だから、やっぱり、まだ、なんとなく、信じられないでいる。丸ごと浮かれポンチになりたい気持ちはやまやまなれど(まあ、半分なってるけど)、身についた貧乏性をどこかふりほどけずにいる。決勝トーナメント進出が決まって、何かのテレビ番組にゲストで出ていた元日本代表フッカーの坂田正彰さんが「この8チームの中に日本がいるって、どういう気持ちですか」と聞かれて、「素晴らしい!」とか「サイコーです!」とか言いたいんだろうけどもごもごと困り果てて言葉を失っているのを見て、なんかわかるぞ、と思った。だってありえないもん。しかも予選プール4連勝の1位通過って、これは篠原美也子が紅白に出るくらいすごいことですから、マジで。

 だから、私もいまはあんまり言葉がなくて、でも毎日どっち向いてもラグビーのニュースで、いろんな人がたくさんラグビーを語ったり書いたりしてるから(それはそれでなんか信じられない事態だったりするけど)、ああよかったなあ、それでいい、と思っていたりする。

富士山、能面、和太鼓、お囃子、祭り、思いっきりベタな「ニッポン」を連獅子の気品でまとめ上げた、コンパクトでキレのいい開会式。見てる方もやってる方も緊張して死にそうだった開幕ロシア戦。一生にいちどの試合を見てしまった、と思った4年前の南アフリカ戦に続き、またも「見てしまった」アイルランド戦。アイランダーの意地と誇りを軽々とはねのけたサモア戦。そして、嵐。長い夜。中止、開催、どちらもくるしかった決断。ラスト24分間、攻め続けたスコットランド、守り切った日本。「こんな時に、ラグビーは小さいこと」。歴史的勝利のあとのトンプソンルークの言葉。たかがラグビー。何ひとつ救えるわけじゃない。でも、あの夜であるべきだった。劣勢に於いてなお勇敢であるということ。倒れたら起き上がるということ。何度でも。鎮魂と反骨。人生はいつだってフェアでもなんでもなく、目の前のどっちに転がるかわからないボールに、ただ手を伸ばし続けるしかない。あの夜私たちは、ラグビーにしか歌えない歌を聴き、佐瀬稔さんの言葉を借りるなら、レッスンを受けた。悲しみと、悲しみに向き合う姿勢についての。

 常々、ルールわかんないし、と敬遠されがち。でも、今回ワールドカップを見て、あれ、ルールわかんなくても面白いぞ、と思った人、結構たくさんいるんじゃないかなと思う。だから言ったじゃん、ラグビー面白いよって、ずーっと言ってたじゃーん、と、私は心の中でちょっと威張る。ルールは句読点に過ぎない。点やマルがあってもなくても、物語はちゃんと伝わる。「にわか」という言葉が、すごく前向きに楽しく使われてるのもいい。何度でも言う。私がラグビーを見るようになったきっかけは、当時代表監督だった平尾誠二さんがあまりにカッコよかったから。平尾さんを通じて、私はラグビーと恋に落ちた。明日で、亡くなってちょうど3年になる。あの時、あんまり悲しくて、「遥かなる」という歌を書いた。

ーーー遥かなる 遥かなる その道の果てに何がある

 とりあえず、決勝トーナメントが、あった。ここからは1試合1試合が、遥かだなあと思う。貧乏性の私は、此の期に及んでまだなんとなく腰が引けているけど、開幕前、サイコーに楽観的な予想でも、予選プール2位通過がやっとだったろう。そうなってたら今日決勝トーナメント1戦目で、オールブラックスにぶち当たってた。まさかの1位通過で、奇しくも平尾さんの命日である10/20の試合になった。しかも相手は前回大会まさかの撃破で世界中がのけぞった南アフリカ。神さまはなんか考えてる。わずかなスペースをステップで突破するように、オフロードパスをつないだ挙句、寡黙なプロップにトライをもたらすように、何かたくらんでる。

 明日、ああ気がついたら日付が変わってるので、今日、記憶がまた更新される。悲しい記念日に、喜びが満ちるかもしれない。天気予報は晴れ。傘の支度をするのはやめよう。信じてみる。グッドラック。